ペニンシュラ型

~私とあなたの不可避な壁~

読み手がいつのまにかその物語の一部になる。  釣巻和作『童話迷宮』感想

童話迷宮 上(Bunch Comics Extra)
釣巻 和 小川 未明
新潮社


童話迷宮 下  (Bunch Comics Extra)
釣巻 和 小川 未明
新潮社


これはすごい。『くおんの森』(森は本が三つ)の釣巻和先生の新刊がでました。
『くおんの森』でも本をテーマにしてふしぎな物語を描かれていらっしゃいますが、今回の『童話迷宮』も本がテーマにというか、おとぎ話がテーマになっています。
くおんの森も面白いのでこの機会にぜひ。シベリア食べたいですよ。


さて、作品紹介をするためにまずは、目次というか各話のサブタイトルをいくつか挙げていってみましょうか。

  • 赤い蝋燭と人魚
  • 野ばら
  • 月夜と眼鏡
  • 金の輪


このタイトルを見てピンとくることはありませんか?
そうです、この作品は童話作家小川未明さんの作品を下敷きに描かれているのです。小川作品が好きな方にはぜひ手にとっていただきたい。
とはいってもそこまで意識することはありません。大胆なアレンジが加わっているから元のお話を全く知らなくても楽しめますし*1、反面、原作にみられるようななんともいえない悲哀だとか、ちょっとしたロマンだとかいったものはしっかり残されています。
特に『金の輪』のアレンジのされ方といったら……!!
それが釣巻先生が得意とする独特なふしぎな空気、どこかで何かが起きそう空間の中で繰り広げられるわけです。ぼっ〜と眺めるだけでも楽しめる。


そんな感じなので、基本的にこの作品は短編集の形式をとります。だけど、その元となった短編は私たちも読むことのできる童話です。
じゃぁこの釣巻アレンジが加わった現代風の作品群を読んでるのはだれ?
そう、この『童話迷宮』にはそれぞれのお話の読み手が存在します。
『くおんの森』でも主人公の遊紙も確かに本を読みますが、あくまでそれは書痴というキャラクターづけのため。だけどこの『童話迷宮』の読み手、小川君は本当に各作品を読んでそのストーリーの中に入っていく。



この小川君は小学生低学年で、まだ九九の七の段がうまくいえません。必死に七の段を覚えようと、しちいちがしち、しちにじゅうし、と口ずさんでいくといつのまにか不思議な建物に迷い込んでしまう。
そのふしぎな建物のふしぎな店主に勧められるままに本を読んでいるうちに、小川君はお話の迷宮に入り込んでしまう。それはもうとっぷりと。


本来、読み手というのは、作品の内容自体に介入することはありません。小川君だってそうです。
だけど、上巻の後半で、そして下巻を読み進めていくうちに、もう一人の読者であるあなたは気付く、小川君が迷宮に入りこんでしまったことに。
いつのまにか彼は物語に入り込み、各お話のキッカケになっていく。
それはもう読み手の為すことではなく、お話の中の一つのキャラクターが為すこと。
確かに物語の中は素敵だ。だけど本当に物語のなかに入ってしまっていいの?それは実はこわいことではないかしら?深い深い森の中で道に迷ってしまってないかい?



このあたりの話の組み立て方が本当に見事で、そこでお話を読んでいるはずの人物が、いつのまにか今度は物語の中にそのまま入り込み、そして読み手の立場に帰っていく、この流れがとっても綺麗にできている。
しかも、各話がちゃんと題材となった小川作品のお話が踏襲していると来たもんだ。
これをすごいといわずになんという。


そして、これまたにくいのが、焦らしが相当に巧いんですよ。え、これからどうなるの?ここはどういうことなの?そこ見せないの?という絶妙にこちらがもどかしくなる話の終わり方、演出。
それは本当に行間を読むように読み手が想像することで、作品の世界が広がる助けをしてくれている。いつまでもこの物語にひたっていたい。
そうしてまた読者が迷宮に入り込む。


釣巻先生の特徴をそのまま形にしたようなこの作品。やっぱり食事がおいしそう。登場頻度は少ないけども、何故にそんなにおいしそう。そりゃ女の子がわざわざ作ってきてくれたお弁当は美味しいだろうさ。
でもなぜコンビニで売ってるインスタント麺とかスナック菓子まで開封されてもいないのにおいしそうに見えるんだい。
そして、ついには、全く形は描かれなくてセリフだけにしか登場しないはずのカレーライスがとってもとっても食べたくなるよ、不思議だね。
きっとこの秘密は各人物たちが美味しそうに、幸せそうに食事をとるだろうことが簡単に思い浮かぶから。これはそうそう描けないよ!!



というわけで、この『童話迷宮』という作品、元々は新潮デジコミcomcomというネット媒体で連載されていたものらしく本来はフルカラーで描かれていたものらしいです。
『くおんの森』を読まれた方はご存じでしょうが、釣巻先生のカラーは本当に鮮やかな色合いで素敵なのです。何故連載中に気付かなかった、私!!
さすがにカラーのまま掲載するのは色々な問題があったのでしょう、単行本ではモノクロになってしまっている*2のですが、幸いなことに各話の一ページ目のみなら下記リンク先で閲覧することができます。
この感想を読んでちょっと気になる気分になった方も作品の雰囲気に触れるために一度閲覧してみればいいと思いますよ。


そんなこんなで、さてもふしぎなおとぎ話。ページをめくれば素敵な世界が待っている。ただし、帰ってこれるかわからない。決して道をお迷いなさるな。
ぜひにぜひに。

童話迷宮 上(Bunch Comics Extra)

童話迷宮 上(Bunch Comics Extra)

童話迷宮 下  (Bunch Comics Extra)

童話迷宮 下 (Bunch Comics Extra)

*1:私も知らないのが多かった

*2:色がつぶれて読みにくくなってるじゃないの?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、元々PC上に執筆された作品のためか、そんなことはまったくありません。むしろ陰影の加減でこれはこれでいい味になっていると思います。